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an odd fellow

読書と写真と情報工学

本読んだ

読書 日記

新潮文庫の新しいレーベルである新潮文庫nexが8月の最終週より刊行されました。新レーベルの第一弾として発売された6冊の中に竹宮ゆゆこの名前があって(とらドラやゴールデンタイムの作者)、タイトルとジャケットでころっとやられて買いました。

知らない映画のサントラを聴く (新潮文庫)

知らない映画のサントラを聴く (新潮文庫)

新潮文庫nexはライトノベルと純文学の間のレーベルと謳っている。ので、ライトノベルコーナーには置かれず、新潮文庫の小説コーナーに置かれる。いやでも、ライトノベルだって、そもそも純文学よりも読みやすい小説ということで生まれたのだった。最初は小説コーナーとライトノベルは今ほど隔離されていなかった。そして内容も純文学よりのものもあったのだ。それがいつのまにか漫画コーナーの奥にライトノベルコーナーが出来て純文学とは区別され始めた。ライトノベルが浸透して色んな作風が認められてきて、純文学の秩序を必ずしも守る必要がなくなったのがライトノベルというものだとおもう。悪いことではないし面白い。でも当初の純文学的な軽い小説を望んだ層がいたのも事実なので、新潮文庫nexは救世主である。

知らない映画のサントラを聴くは、いかにもなタイトルが良かった。絶対感傷的な感じな小説だってタイトルを見ておもって、ジャケットの女の子を見ておもう。竹宮ゆゆこ氏の小説はヒロインがちょっと頭の弱い感じなのがたいへんよろしいのだけど、この新作も例外でなく冒頭少し読むとあまりにも頭が弱い感じのことを考えながら街を走り回るシーンから始まって、さすがにこれは無いとおもって一度閉じた。でも大丈夫でした。ヒロインの設定が23歳であるから、多少ずれてはいても最低限大人であって、価値観や考え方に秩序があって、最近のライトノベルのとんでもはっぷん感はかんじなかった。とりあえず今度伊豆に行こうっておもった。圧倒的と煽られてたけど多分そのとおりだった。今まで動いていたものが動かなくなると、それを目の当たりにすると確かに血液が泡だったような感覚があるのだ。そんな気持ちに読者をさせておいて笑わせてくるので、どんな心持ちで読めば良いのか混乱した。(褒めてる)

静電気と、未夜子の無意識。

静電気と、未夜子の無意識。

昨日の夜、木爾チレン、「きなちれん」と読む、のデビュー小説も読んだ。狙って読んだわけではないのだけど、きっかけは違えど人が息をするだけの生肉になってから、再生するというプロセスが2冊とも同じだった。静電気と未夜子の無意識は女による女のためのR-18文学賞なるものを受賞しているらしかった。ネットで知って機会があれば買おうとおもって、古本屋に行ったら置いてあったので買った。前述の賞を受賞していたせいか帯として下品なピンク色が巻かれて、『女子大生から「恋がしたい」の声続々!』などとかいてあって男子大生的にはゾクゾクした。読んでなおさらゾクゾクした。これ読んで「恋がしたい!」などと抜かすのはたいへんな読解力である。もしくは何も読んでないのかもしれない。この感覚は、乾くるみイニシエーション・ラブの批評を見てもおもった。あれをよんで「恋がしたい」だの「純愛」だの的外れもよいとこであるが、小学校のときの先生の言葉を借りれば国語に答えは無いのであった。誰が何を読んで何を思っても自由なのであった。しかしくだらん帯によって妙な先入観を植えつけるようなことは本当に辞めて欲しい。

セキュリティキャンプ終わってから本とかマンガとかよく読んでる。たぶん燃え尽き症候群だとおもう。